――それは滑稽なほどリアルで


残酷なまでに現実と酷似していなかった――














 いつもそう思うのは奇妙な夢を見るからだ。
しかも連続的に、最近あるあたしの悩みのひとつと言える。
ふわりふわりと自身が浮いている感覚が続くと思っていたら、 羽根のような世界がいつの間にか黒い、軋んだ世界へと変貌する。
真っ暗な部屋に何本かの蝋燭が立っていて、性別の分からない、黒いフードを被った 5、6人の人達が長いテーブルを囲む風景。
何かの宗教っぽいその絵は、あたしをかなり不安にさせる。
いくら夢でも、こんなものを自分が観るものなのか、と自問するけど、答えは分からない。

「ふん………だな。」

「それは…………………なことで」

「……わかった。」

この繰り返しで、話し声は上手く聞き取れない。
聞き取れないけど、途切れ途切れにその人達が笑っていることは分かる。
笑うと言っても底から這い上がるような笑い方だったり、嘲笑だったり、とにかく嫌いな音で、だ。
奇妙だ不思議だと思いつつ、いつもならここで目が覚める。
だけど今日は、少し違っていた。

「――どういうことです…………っ」

一人は問いただし、

「今更代えられる訳がなかろう!!」

もう一人はテーブルを叩いて怒鳴り、

「しかし…………もう決まったことだ」

さらに相槌の打つ者や舌打ちする者。
何故か、夢だというのに現実味があり会話もよく聞き取れた。

(なんなの、この夢…)

 夢というのはレム睡眠の時に見るものだというのは、一般常識として知っている。
ある本で読んだことがあるけれど、だいたい夢をみることで脳内部の情報が整理され、 記憶が再編&固定されるもの……らしい。
 だから自分の思想に関連することが多くみられるはずなのに、この不気味な夢、あたしには全く身に覚えがないんだ。

(もう少しかな……)

でももうあたしはこの夢が終わるのを分かっていた。
体が、そんな感じになるからだ。
だからそのうち段々と視界がぼやけて、

「……では」

 という合図で皆が立ち上がるのも、いつもと同じ動作。

(…夢のくせに何で……)

 相変わらず、気分が悪いものには変わりないけれど。
その宗教じみた陰湿な光景を、毎夜いくら目が覚めたくとも無理やり見せられているような感覚が、する。

(早く終われー!)

 暗く狭く、蛇のようにべっとり取り巻く空気を吸いたくなくて、息苦しさを感じる。
その時、薄っすらと確実に現実に戻ろうとしていた視界の先の、最後の最後、 ぞろぞろと部屋から出て行く人達を見ていたら、出て行く最後の一人に気付かれた。

「――あぁ、あなたですか」

どくん

 びっくりした。
いつも一番最後に並んで出る当主のような人(多分)が、 少年でも少女とでもとれる高い声でこちらに話し掛けてきた。
この人が今まで夢で何かを話していたことは、全く無かった。
勿論あたしに話し掛けるなんてことも、無かった。
だから背が高く、男の人だと思っていたあたしはその声が意外だった。
ありがたいことにくるりと全身で真正面に立ってくれて。
 黒い印象しかなかったその口元の笑みは、あたしの何かを裏切ったような濃い蘇芳色をしていた。
そして、その口からでる言葉の澄みきった声には、静かな嘲笑も含まれていたように感じられた。
いつもなら沈んでいくはずの体も、なんだか動かない……。

「……あ、れ?」

フードの下に隠された顔はやっぱり見えなかったけど、その隙間の一瞬見えたぎらつく濃い紫の眼は、鮮やかに突き刺す。
痛く胸打つ、すごく嫌な眼。
この場を早く離れたいと思いつつ、その蘇芳色の唇に、何故か吸い寄せられる感覚があったけど、ふっと、足元の床が、突然消えた。

「ぅわっ?!」

 これに思わずとも声が漏れない人はいないだろうと思う。
鎌が空(くう)を斬る音と風の音が近くで聞こえ、暗闇へ落ちてゆく。
所謂ジェットコースターでの落ちる感覚と同じだ。
そうして、何もない、というよりもぜんぜん見えない深い闇に落ちながら、あたしに話し掛けてきた男とも女とも言える声が、 聴こえてくる。

「君に決まったんですよ………?」

 視界が暗くなってしまう前に見えたその人の口元は、やっぱり笑っていた。











―――――――――――――――――――――――――









「変な夢を見たんだよね」

「またぁ?」

 賑やかな教室の一角で、陽の光を浴びながらあたしは親友に話す。

「どうりで元気ないと思ったわ」

「やっぱり?」

 今朝の夢を話していたのだ。
家がお隣同士ということもあって、幼稚園からの付き合いの朝本睦(あさもとむつ)とは、 何でも気兼ねなく話せる仲だ。

「あんたさぁ、こんなの初めてなんじゃない? たかが夢に怯えるなんて」

 ごもっとも。こんなの初めてです。だからこうやって相談してるわけであって。

「むっちゃんは連続的にあの気味悪い夢なんて、見てない、から、言、えるんだよ・・・」

 段々声が小さくなるのが自分でも分かる。
否定されると自信がなくなるあたしの性格。最近言葉として理解してきたあたしの短所。
むっちゃんは椅子の上で胡座(あぐら)なんていう芸を見せて頬杖をする。

「んー……、ないね。夢なんて見たことあるかな」

「へ? 夢自体見たことないの?」

 長年付き合ったむっちゃんの意外な言葉に、あたしはうかつにも驚いていしまった。

「……ほんとに?」

ちょっと気になって、ずいと前へ乗り出した。

「……無いって言うか……覚えてないって言った方が近いのかな。私は熟睡タイプだし。部活するから疲れるじゃん?  ……てゆーか近すぎ」



「まぁ、そうだよね……」

むっちゃんの言葉の前者と後者にうんと頷いてしまった。
……近くなったのはっ近くなったせいで、近くになっちゃったから……あぁもう頭がこんがらがるよ……
とりあえず離れて背もたれにかけた。

「あんたは帰宅部なんだから。もうちょっと体動かしなって!」

 ひとつの机を挟んでしゃべっているから今回は肩を叩かれた。いつもなら思いっきり背中を叩くんだけど。
向かいあってるからね……。

「ぃ……っ。むっちゃん……手加減して……」

 そしていつも通りの返事をすると、むっちゃんも反省の色を見せずに軽くあしらう。

「あは。ごめんねぇー! しょんぼりしてる舞が悪いんだよ。もう一回やる?」

 むっちゃん……精一杯低い声で否定をしておきます。何かなこの敗北感。

「………遠慮しておきます」

「そう? 残念」

 さほど残念そうにも見えない(むしろ鼻歌でも歌っていそうだ)からこそ、あたしは好きなんだよ。
この自分には無いさっぱり感、自分にも欲しい強い決断力を有する爽快感。
あたしにとってむっちゃんは、大親友であって一番身近な憧れなんだ。

「むっちゃん」

 会話が途切れちゃった。普段なら会話なんてそんな意識しないはずなのに。

とりあえず今日宿題あったのかが今きになる事だったから、それを聞いてみる。

「……。え、知らんし」

「まぁ、そうだろうね」

 そう思うんなら聞かないでよとむっちゃんが言い、今度は二人して肩を落とす。

「でもさ! もしあったとしても、私がやると思う?」

 身を乗り出して最もらしいことを言われたあたしは、そういえばそうだなぁと、一人納得する。

「……むっちゃんはあたしがやればやるでしょ」

「……それは答えをみせてくれるからであって」

「じゃ、今やろうよ」

 しかたない、誰かに聞くか。と、あたしは体を左によじって前の席の友達に聞いてみた。
案の定、英語のプリントをやっておかなきゃいけなかったみたいだった。

「・・・…舞は妙に話を促すのが得意だよね…」

「その事を我田引水とも言う」

 我田引水、結構好きな言葉。

「それ誉めてないから」

「あたしにとっては一番の誉め言葉よ」

 一瞬の沈黙の後、二人はにんまりと顔を見合わせた。
 ふとクラスを見回したら、一人、男子と目が合った。

「…………」

 木下君。目が合ったと思ったら、自然に、逸らされた。






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