――目に見えることだけを信じてるわけじゃないけれど

目では見れないものなんて、恐いくらいたくさんある――












-存在-








「おかわり」

「はいはいはい」

 あの後あたしはすぐ家に帰った。
いつものように。たった一つの違った点と言えば、電車から見る風景が違ったことだ。
淡く青い光が斜めにさしこんで、空のグラデーションが心地良かった。
というのも、そう思えたのはあたしの心が変だったからであって、多分、実際はいつもと変わらないものなんだと思う。
でも冬なのに体は暖かくて、それは電車の中だからというわけではなくて、電車から降りた後も、心なしかそう感じれた。
 それから何時間か経って、こうして我が家はリビングで夕食を、家族4人で食べている。 4人っていうのは、お母さんとお父さん、あたしと弟。 ちなみに今おかわりしたのは、あたしの可愛い(強調)弟で、答えたのがお母さん。
 お父さんはというと、テレビと新聞を交互に見ながらちびちび日本酒を味わっている。 意外とよく笑うお父さんはだけど、今日は静かだった。 会社で何かあったのか、はたまたお母さんとケンカでもしたのか。
……でもお母さんはいつもと変わらないし…こうなるとまた上司に何か言われたんだなと、一人納得する。
 弟は相変わらずよく食べるわ食べるわ。どのくらい大きい胃なんだ、その体にあるのは。 あたしには考えられないけど、由貴の身長があたしを超えたら…………………嫌だ。 …なんか嫌だ。いや、成長してくれるのは嬉しいけど、まだ小さいままでいて欲しいっていう願望がね? あるのです。 無理な話だけど。
 あぁ、また由貴の話になっちゃった。でもそんなに食べたら大きくなるよね普通は…はぁ。
あたしは…………もうおなかいっぱい。

「ごちそうさまでした」

 自分のお皿を片付け始める。一通りまとめたら、それらをキッチンの流し場に持っていった。
ふとカウンター越しにリビングにあるテレビを見ようと思ったら、何故か皆があたしを見てて、驚いていた。

「……え、どうしたの?」

「舞ちゃんこそ、どうしたの?」

 6個の丸い目に見つめられたあたしは戸惑って、何かを言いたくなった。
だけど同じ黒い目たちに、すこし躊躇した。

「…………何で?」

まだ箸が止まっている2人(由貴は飽きたのか、テレビを見てた)は、動く気配もなくただただ驚愕していた。

「だって……まっ……舞ちゃん、食べてる間何もしゃべらなかったし、たまに箸持ったままぼーっとしてるし、 ……まぁここまではいいわよ? そんなにいつもと変わらないから。でも今!  今自分のやってることを見てみなさい。お皿を洗ってるわ……」

 まぁ、確かにあたしがごちそうさまの後は片付けまでやるけど、洗うまではやらない。
でもなんだか洗いたくなったんだ。
っていうか、隣のお父さんが珍しそうに感嘆してるのが気に食わないんですけど。
しかもぼーっとしてるって? ……んまぁそうか。うわ、自分でも分かるところがショック……。

「別に。……なんかそういう気分で……宿題多くて。やる前にすっきりさせようと、ね」

お母さんは、初めておつかいが出来た子供を見るように喜んでいた。 ……そんなにあたしが家事をすることを諦めていたのか、と些か我ながらとんだ娘だと頭の隅で考える。

「そう? そうなの、宿題なのね。……頑張ってね?」

 するとなんだか嬉しそうなお母さんの間に入ってきた由貴が、あたしに文句を言ってきた。

「つーかすっきりさせたいんだったら、俺のゲーム返せよ。それこそ邪魔だろーが。いい加減……」

 由貴が言い出したところで、どうして最近由貴が怒っているのか判明したあたしは、 声高らかににこやかに、答えた。その半分、話をそらすが目的。

「あぁそっか! あたしがゲーム借りたから怒ってたんだね?」

「は? ……まぁそうだけど。どうせ勝手に部屋入ったんだろ? バレてんだよ」

「はは……いやぁ、だって由貴のゲーム面白いんだもん。折角あるんだし、やってみようかなーって……」

「だからそういうのがムカつくの!」

 久しぶりに由貴から話してくれて、ちょっと嬉しいあたしであった……って、違う!

「……でもさ由貴。朝もそうだったけど、あたしの服勝手に持ってくじゃん。それはいいの?」

「いいの!」

 いいの、の理屈がわからないけど、由貴が言うんだから良しとしよう。
この時でもうあたしの満足度が満たされたから良かったんだけど、まだ何かを言う由貴。

「それとこれとは話は別。俺が部活で遅くなるの知っててそういうのするんだろ?  するんならちゃんと俺が帰る前に返せよ」

 ご飯を口にかっ込みながら、何だかバレない助言もしてくれてるような気がするけど、それも良しとする。
多分、由貴がよくやる、バレない借り方なんだろう。知らずに何かを借りられてたこと【大】、だなこれは。
もしかしたら、由貴の友達も被害にあったのでは……いえいえ。

「まぁ……あとで返すよ」

 楽しくおしゃべり(?)してた間に、お皿を洗い終えた。
手を拭きながらそんなことを言った後そのままリビングを出たから、 出た後にあった両親の過度の心配(言い換えてみればいらない心配)を知らなかった。





   ―――――――




 二階の部屋に戻ったあたしは、さっき話した宿題のことなんてすっかり忘れてベッドに倒れこんだ。
なんか疲れたんだ。……精神的に。
机の電気はそのままつけっぱなしだったのか、机の上にあるカバンとそこから出したお弁当箱が、 しっかりと見えてそのまま置いてある。
早くお弁当を下に持ってかなきゃいけないのに……そういう気が起きなくて、 しばらくベッドの柔らかさに感動した。
今日天気が良かったから干してくれたんだ……。
気温が暑くても寒くても、太陽さえ出てくれれば掛け布団もふんわり柔らかってこと?
 ………そうなのかぁー……。こんなんだから、もう起き上がりたくなくなる。 あたしはお弁当箱を洗うという重大要項よりも、恋という常夏に身を任せた。
腐るお弁当よりも大切なのは、恋心というやつだ。…いや、違うか……。でも………。

「…恋って………なに」

 あたしは初めての告白に、頭がやられたんだと思う。
あぁどうしよう。あの衝撃は一生忘れられない。
あの時何も言えなかったけど、明日も会うんだよね……クラス一緒だし。 休もうかなぁ……っていうか、休んでくれ……ないよねぇもちろん。
あぁあぁぁあどうしよう。
修学旅行とかラボの合宿とか、何かとこういう話をすることが多いけど、いざ告白されると何も言えなかった。
頭が真っ白になるって本当だったんだ。恋って素晴らしいね……………。
うわぁどうしよう。……彼氏って響きも素敵だし捨てがたい。
それに、木下君ならいい人だしね……って、ダメだなあたし。
素晴らしいとか言ってるけど人事になってるし、別に木下君に恋してるわけじゃないし。 でも彼氏いない歴に終止符を打ちたい。それに、友達はこれから好きになればいいんだからって言う子がいるし。
この際つきあっちゃおうか。……でもそれじゃあ、相手がかわいそうだよね……
その子の話聞いたときも、ちょっと『?』な部分あったから、なぁ。うーん。
あたしは恋してからつきあいたい派だしなぁ……。

「明日会ったら……謝ろうかな」

 それが一番いい、と思う。第一、好きでもないのに付き合うとか、相手に悪い。
出来れば今すぐ返事をしたいけど、メールアドレスも電話番号も知らないし。
むっちゃんは知ってるかな………知ってそうだ…なんとなく。でもどうせ明日言うんだし、 今むっちゃんは塾に行ってる。
明日、会ったら即行謝ろう。うん、それがいい。
 でも何て言って断ろうかな。こういう時って、 だいたい
『ごめんなさい』?
 『昨日のことなんだけど、ごめんなさい』…。短い。
いきなりごめんなさいで分かるのかな。じゃあ
『昨日のことなんだけど、ありがとう。でもごめんなさい』……。
やっぱ好いてくれたんだからありがとうって言うべきか…でも何にごめんなさい?  付き合えないってことだよね、それって
『付き合えない、ごめんね』
ってことでしょう?
 ならもっと詳しく言った方が…………………っ寝よ寝よ。もう頭痛いよー……。

 こんなの今考えてもね、だいたい本人の前で言うことになればまた頭真っ白になるんだから。どうせ。
 とりあえず!! 今日はもう寝る。眠い。
 ……ふと思い出したように目を開けてベランダの方を見ると、閉め忘れていたカーテンのその先に、何か光る物を見つけた。
光る、というのは、それ自体が光ってるのではなく、部屋の明かりに反射されての光だった。

「…………?」

 あたしはベッドから起き上がってカーテンを閉めるついでに、何が光っているのかを見ようとガラス戸と網戸 を開けて、それを近くで見た。勿論外は寒かった。

「……何これ。ネックレス?」

 それは、ベランダの端にある植物 ――といっても、名前は知らない。枝とかしっかりしていて小さな木みたいなもの――に引っかかっていた。
ネックレスにしては大きいと思ったけど、首からかけるアクセサリーだというのは一目で分かった。
丸い、深い赤色をしたものが真ん中にはめ込まれてるネックレス。 だけど見たことがないくらい、大きい飾りだと思った。お母さんが持つにしては、あまりにも普通じゃない。
 ただ、その宝石のような赤色のものは、見てるだけで吸い込まれそうになる。

「……。やっぱりお母さんのかな」

だけど今まで見たことない。お母さんのドレッサーの中にあった記憶もないし、 ましてお父さんや由貴のものだって言うのも考えづらい……。

「……の前にトイレ行こ……」

 そういえば帰ってから一回も用をたしていなかったあたしは、急に来た本能に従うことにした。
とりあえず、このネックレスを机の上に置いて部屋を出る。もちろん、ガラス戸も鍵もカーテンも閉めた後に。

「っとと……お弁当」

危なく本当に腐るところだったお弁当箱を思い出し、それも持っていくことにした。

 お手洗いは階段を下りたところにある。
そして、水の音と一緒にドアを開いた後、はっと気付いてリビングに向かった。
……今お母さんに聞けばいいんだ。簡単なことだ。
 そう思ってお弁当箱を持ったまま目的のリビングに行ったら、 3人ともまだテレビを見ていてテーブルの上はそのままだった。
いつもならあたしも一緒にテレビ見てたな。でも、今はそれよりも……

「ねぇ、お母さーん?」

 リビングのドアを大きく開いたあたしは、取っ手に手を添えたまま呼んだ。
呼ばれたお母さんはソファでくつろいでたけど、ちゃんとあたしに反応して後ろを振り向いた。

「なぁに?」

「どうした?」

 ……呼んだのはお母さんだけだったけど、お父さんもなぜか返事をした。

「いや、お父さんは違うから」

「何言ってるんだ。親が子供を平等に育てると同じように、舞子も平等に親に相談するもんだろう」

「……え? どういう意味?」

「つまりはだな、っげほん。お母さんだけじゃなくて、お父さんにも相談しなさいなってこと」

 いつもながら的外れな事を言いましたお父さん。馬鹿げてる。

「相談とかじゃないってば」

「相談じゃなくてもいいんだよ?」

「……もういいから。あのさ、あたしの部屋のベランダにネックレスが落ちてたんだけど」

「ネックレス? どういうの?」

 一生懸命しゃべっていたお父さんはまたテレビに戻って、 お母さんはさらにソファの背もたれ部分に左手を置き、あたしはドアの取っ手から手を離しドアを閉め、 カウンターにお弁当箱を置いてから壁に寄り掛かる。

「んー…と、赤いやつ。なんか結構大きくて、真ん中に赤いのがあって、…宝石かなぁ。  その上のとこに、英語…じゃなかった。なんか変な文字が書いてあって…」

壁に寄り掛かりながらついさっきまで手に持ってたネックレスのことを思い出した。
ある意味ごついから、頭に残りやすい。

「鎖とかが金色で重くて。なんかね、凝ったネックレスだよ」

 由貴とお父さんは毎週見てる雑学の番組を食い入るようにみてた。
きっとネックレスの話なんて興味ないからでしょうね。それがいいよ、うん。
 そして、お母さんはというと、一通り聞いてもこんなにも特徴ありすぎのネックレスにピンと来ないみたい。

「……? そんなネックレスあったかしら」

「お母さんのじゃないの?」

「うーん……分からないわ。そんなネックレス、持ってたかしら」

 と、お母さんは繰り返し言って考え込んでしまった。
あたしは、ドアの隣にあるカウンターの下に座りこんで、お母さんの反応を見る。

「分かんない?」

 一度考え込むとずっと黙りこくるというお母さんの性質はすでに知っているから、早めに切り出す。
やっぱり、分からないみたい。

「……ダメね」

「……上から落ちたのかと思ったんだけど…」

 実はあたしの家、3階建てで、1階は主に家族団欒の場所、2階はあたしや由貴の部屋とそれを繋ぐ ベランダ、その他2つの空き部屋。空き部屋は、一つはお客様用になってるけど、もう一つは大量の本とダンボールで 足の踏み場もない状態を保つ通称「messy room」と呼ばれたりする書斎。 そして、3階はお母さんとお父さんが使っている1つの部屋と緑豊なバルコニーがある。
親の部屋とバルコニーは繋がっていて、 あの天然ボケボケのお母さんの性格から見ても分かるようによく洗濯物とかを真下のベランダに落とすから、 最初からそう思ってたんだけど。

「それなら、持ってきてくれた方がいいわ」

 確かに。百聞は一見にしかず、って言うし、その方が分かりやすいこと間違いなし、だなこれは。
 するとお父さんがずっと話を聞いていたみたいで、ゆっくりと隣のお母さんの方を向いた。

「…お母さん、そのネックレス、お父さんがプレゼントしたものだったら承知しないよ」

「何言ってるのよ。それだったらお父さんだって覚えてるはずでしょう?」

「たしか、ガーネットのネックレスを買ってあげた覚えがあるんだけど」

「それはちゃんとしまってあるわ」

「しまってある? 何で身につけてくれないんだ」

「……えと、じゃあ持ってくるよ、ネックレス」

 親の鉄砲合戦みたいな会話のあと、なんとかあたしはそう言って、また部屋に戻るためにおそるおそるドアを閉め、 階段を上った。いつもでれでれのお父さんが抗議するとは……はらはらした…。



 二階はあたしと由貴の部屋と、空き部屋が二つ。
あたしの部屋は、階段上った後右に行った一番端の部屋で、由貴の部屋と隣同士、ベランダも繋がっている。
あのネックレス、もしかして由貴のかもしれないと一瞬思ったけど、 もしそうだったら何で由貴があんな派手なもの持っているのか分からないし、まずリビングで少しでも反応するはず。
お母さんのじゃなかったら由貴に聞いてみようと思うけど、全然興味ないようだし。……普通にテレビ見てたし。
 でもまぁ、今はお母さんにネックレスを見せるのが先だ。
そう思って部屋に戻ったんだけど、奇妙なことに、閉めたはずのカーテンが開いていた。

「……ん?」

 あたしはそのままベランダの方を見た。何もないし、鍵も閉まっていた。
おかしいと思いつつ、またそのカーテンを閉めて、さらにおかしいことに気が付いた。

「……あれ? ネックレス……が、ない……」

 部屋を出たときに机の上に置いたはずのネックレスがない。
落としたかと思って、椅子を引き机の下を見る。それでもない。机とカーテンの間にもない。

「うそ……」

 所々思い当たる場所を探しても、ネックレスはどこにもなかった。もう一度ベランダを見ても、やっぱりない。

「………何で?」

 あたし、もしかしてトイレで流しちゃったのかな。そんなことないよね。
……焦った。これじゃあお母さんに見せられないじゃない……そう思いふと顔を上げて、ガラス戸に目をやった。

「……っ!!」

…………………いやいやいやいや。
不覚にも時間が止まったように感じたよ。ゲームのしすぎかな? どうしたのあたし。
……いやでも思いっ切り見えたし……いやいやいや、そんなことは。
……ちょっと、反射的にうつむいちゃったけど、……え、あれ、誰?

「…………」

 少し経ってからまたガラス戸を見たあたし。
うん、やっぱりいない。まさかあたしの部屋に、変な子がいるなんて。
あ、ああああありえないーよそんなの。何も聞こえないしねっ。
でっでも幻覚って危ないな。そろそろ逝くのかもしれない。あぁあ何考えてんのよ。

「ここお前ン家?」

「うわぁぁぁっ」

「……………」

「…………………」

 ……素っ頓狂な声を出してしまうのは仕方がないじゃない。
 ………思い切りガラス戸に体当たりしちゃったのも仕方がないじゃない。
 誰だって、部屋の中に知らない男の子がいたら驚くでしょ?  あたしは、絶対に一般人と変わらない驚き方をした、はずだよ?

だけど、そんなことを思ったのはずっと後のことで、あたしの後ろに突如現れたその子を見た時は、 ただただびっくりして何も考えられなかった。








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