-所有者-








「俺はどうすることになった?」

「…………」

「ま、予想したところ、お前が持つはめになったんじゃないかと思うけどー」

「その通り、だよ」

 言って、あたしは溜息をついた。
 机の上で無造作に積まれた教科書や参考書の山を見て、さらに憂鬱になる。 この先どうなるのかと考えれば考えるほど気分が沈むばかりだ。テストも、この子も……。

「ん? 何でそんなに暗いんだよ」

「別に……」

「俺を手懐けることが出来るのは、もしかしたらこの先もお前しかできないだろうに」

「……………」

「自慢できることだぜ?」

 いつの間にかベッドに腰掛けていた男の子は、目を据え、得意げに言う。

「…手懐けるとか……面白い子だねぇほんと…」

 この子はさっきよりも饒舌になったように思える。言ってる内容が、あたしにはよく分からなかったけど。 特に"手懐ける"とか。
 でもとりあえず話を聞いてる振りをして、小さく相づちを打った。
するとその男の子は、さっきとは逆に打って変わって真剣な顔をする。

「……だが気になるな………。お前の母親、このペンダントに心あたりはあったんじゃねぇの?」

「………? 何でそう思うの?」

「目が変わった」

「君の?」

「違う、お前の母親の」

「それは………考えすぎだよ」

 あたしは呆れて、一呼吸置いてからまた話を続けた。

「お母さんは考え事をする時、いつもじっとそれを見るもん。癖みたいなものだよ」

「…………違う違う、それだけじゃない」

「はぁ……他に何があるの?」

「お前に渡す時、微弱だが、動揺してたな」

「はい?」

「ま、俺の勘だけど。でも俺の勘は当たるぜ〜?」

 男の子はけらけらと笑った。

「はぁ。ないない」

 いきなりお母さんの話かと思ったら、なんだか容疑者みたいな扱いにされたわけで。 軽く言われたそれにあたしはぐっと怒鳴りたいのを我慢して、教科書の整理をする。

「何で……何でお母さんがあたしに嘘つく必要があるの。意味わかんない」

「意味? それは本人に聞くしかねぇな」

「"いまさら"って感じだよ。……いいよ。あたしがもらう」

「ほら言ったろ? 所有者は所有権の持つお前」

「………」

 あたしは、今まで机の上でてきぱきと動いていた手を止めて、少し考えた。 所有者とやらになったのはこの子の口車に上手く乗ってしまったからで……。
 ついと男の子を見ると、ベッドの上であぐらをして、妙に眠そうな顔をしていて 、さっきみたいな真剣な顔つきが嘘のように消えてしまってる。その表情を見て、 あぁまだこの子は子供なんだと再確認する。つまりはどうしても口調がそれらしくないからなんだけど。

「所有権って……」

「俺の、所有権だ。つまり分かりやすく言えば、俺はお前のものだ」

「……? どういうこと?」

「だーからー……俺はそのペンダントそのもの!」

男の子はあぐらの足を組み直しながら言った。

「それでお前がこれをもらうとするならば、俺をもらうも同然なんだよ。だから俺はお前のもの」

「そんな、自分から物呼ばわりするなんて……」

 と思いながらも、ちょっと気分が軽くなる。何でかは、知らないけど、この手の感覚は、 きっと誰にでも持ってるものなんじゃないかとも思う。

「……もう人じゃない。今は精霊だ。だからそれでいい」

 男の子は、あたしの問いに少し元気なく言った。視線が下であたしと目を合わせていない。

「前は人だったの?」

「…………ふん。ま、今精霊でもまたすぐ人間に戻れる(だろう)し、そんなのどうでもいーじゃん」

 いや、どうでもいいことはないけど、この子かなりのズボラのようですね。大人顔負けの面倒くさがりみたいだね。 それにさっきから難しいことばっか話すから、あたしにはどうも次元が違いすぎて解らない。

「うーん……どうでもいいって…でもさ、何で最初に会ったとき、あたしがその…、所有者だって分かったの?」

「……さも同然のように決められて、本当にそうなったわけなんだけどさ………」

 男の子の方はこれを聞いて、当然というような顔でベッドに横たわる。横向きに、 手の上に頭を乗せる形になって、目を見据える。あたしを見つめる。

「そんなの、お前がこのペンダントを一番最初に触ったからに決まってんだろ」

「そんな単純な決まり…?」

「あぁ、あっちの世界ではな。何かの縁の類で、最初に触った奴が、所有者になったり相続権がもらえたりする」

 男の子はあくびをしながらそう言った。

「これは、まぁ俺が生きていた世界では、ということなんだけどー………」

 そして、一旦そこで話を止めて、目を宙に漂わせた。 ゆらゆらと動くその子の目をあたしは覗きながら、一体何があったのかと不安になった。

「………? どしたの?」

「…………………」

「……えぇ、ちょっと。無視?」

「…………いや、俺と一緒に変な奴も付いてきたなぁー……なんて」

 にやけながら、何もない部屋に視線を泳がせている。あたしは徐に椅子から立ち上がって、 腰を低くしながら男の子の方に寄り、同じ宙を見る。
 ……けど思ったとおり、何も見えない。

「変な奴って…何? 君、幽霊見えるの?」

 あたしがそれを言った後、男の子は突然背筋を伸ばしてキッと睨んだ。

「『君』だと? お前は俺に対して上からモノを言ってるのか? お前はそういう立場の人間なのか?」

「……え? いや、そういう訳じゃないんだけど……」

「そういう訳じゃないなら言うな。ちなみに幽霊も見えねぇよ」

「…あー、はい」

 言葉まで注意されたあたしの立場って……。なんだか心に痛いなぁ。
確かに『君』って言うのは上司というイメージがあるし、 上司っていうのは上から目線で社員に接するとかお父さんが言ってたし…… この人間社会っていうのはパターン化しちゃってるのか、そうでないのか、はたまた各々違うのか。 会社内のことなんてその数がある分、そこで生まれる人間関係もその数分あるんだから。 そこらへんは、学生のあたしには分からない世界だ。……具体的には。
男の子は自分で話を遮ったことに対してなのか、でもあたしに対してがきっと大部分だろう不満を目に溜めてまた宙を見た。 そしてさっきのことはなかったとでも言うように、また話を続ける。

「変な奴っつうのは……まぁ、見えねぇならいいんだ。特に害は、ない。……はず?」

 とか言いつつ、まだずっと見てるじゃないですか。語尾も上がってるじゃないですか? 何? この落差。 今まで考えもしなかったけど、何も見えないってかなり不安だ。

「動いてるの?」

「…………動いてるねぇ……うようよと。あっはは! ぶつかった!」

 一人で盛り上がっている男の子を尻目に、あたしもまた一人で想像する。 一体どんな気持ち悪いものがこの部屋にいるんだろうか。はたまた一匹だけではないらしいし……。 ぶつかったとか言って笑ってるくらいなんだから、本当に害はないのかもしれないけど、 ……………見えない方がいいのかもしれない。
 あたしが懊悩している間に飽きたのか、男の子は大きく背伸びをした。

「……もういい。奴はほっとくか。……で、どこまで話したっけ?」

 視線をあたしに戻して、横柄な態度で聞く。そういえばもうずっと態度がでかい。 もういいとか全くあたしは思えないですし。しかしこいつ、もしかしてどこぞの王子なんじゃないかとも思う。 この傲慢無礼な態度はいかにもそうであるかのようなもの……のように感じるだけですが。

「…………えぇと、所有権は最初に触った人がもらうとか」

「あぁ……そうだ。だからペンダント……正しくは、精霊の宿ったペンダントはお前のものなんだ」

「ていうか、精霊だったの」

「さっきも言ったような気がするけどな。不満か?」

「いえ、特に。……それで? だから精霊である『アナタ』もあたしのものだってことなんだ?」

「そう。…だけどなぁ、普通生粋の精霊は自分の魔術をコントロールできる分 プライドが高いから、頑固として誰かに所有権を渡したくはないと思うんだ。 自分は自分、と考えている。人間と同じつくりの脳を持っているし、純血の精霊も自我を持っているからな。 だが、俺みたいなもとは人間の精霊は、残念ながら逆に自分の力をコントロールできない」

 左手を、指揮者みたいにくるくると円を描くように動かしながら男の子は言った。 それがどういう意味でやっているのかなんて、意味不明で全く分からなかったけど、話はなんとなく分かる。 あたしはそのくるくる回る左手を追いながら、話の続きを聞いた。

「そこで、誰か頼れる奴を見つけてそいつの下につく。人間の血が混じった混血種精霊は、 一人じゃ魔法が不安定になるからな。たとえ人間だったときに大量の術を使えてそれなりの 精神力もあって知恵も豊富だとしても。混血は、一人じゃ魔力が暴走するかもしれない」

「……へえぇ……」

「……ま、だから俺みたいな使えるだけ使える駒のような精霊は、 旅のお供には持って来いのシロモノってこった」

 あ、この子は元人間だから混血なのか……使えるだけ使えるって、 それはこの子にもそれだけの術も知恵もあるようにも聞こえるんだけど………って、えぇっ?

「旅?! ちょっと待って、旅するの? えっと、あー、その前に、戻りたいって言ってたよね、 それってまさかあたしも一緒ってこと?!」

「いまさら気付いたのかよ」

「嘘でしょっ。学校とか…」

「ギャアギャアうるせぇな」

 男の子は、いかにもというように、顔をしかめた。

「あっちの世界に行ってるときは、こっちは時間が止まるから問題ない。両立は出来る。心配すんな」

「……何で止まるのっ。ってか、君が戻った後あたしはどうすればっ?」

 男の子の肩を揺らしさらに質問するあたし。いくらうるさいと言われても、世界を飛び立つなんて、 人生を大きく変える出来事だよ。ベッドの上で眠そうに寛いでいたその子は、 さも面倒臭そうにだらだらと返事をする。

「あ〜あれだ。止まってるのは〜……ほら、お前みたいな異世界のやつが俺の世界にくると、 ずれるからだ。均衡が」

 お前みたいな……って、ここじゃ君が異人だよねと、つい心の中でつっこんでしまった。

「均衡って……何の?」

「時空の。歪みができる……」

「てことはっ、君がこっちに来たってことは、今君の世界は止まってるってこと?」

 男の子は少し考えて、それはあり得ないと(馬鹿にしたように)笑った。

「…ん〜……俺の世界にはお前の世界にいない魔術師がいる。魔術師は時空の均衡を維持する力を持っている。 だから異変があってもそいつらが察知して、時はそのまま流れる。 が、ここはそいつらがいないから崩れたらそのまま元の状態に戻るまで止まったまま」

 さも当たり前のように、さらりと話した。……男の子手は振るのを止め、その目は、もう閉じていた。

「心配ねーよ。時間が止まることに関しては、まったく危険も何もねぇしな」

「……でも、おかしいよね? あたし今までそんな、その…〜〜旅とか、 すっごい常識はずれだから何て言えば分かんないんだけど、まだ、頭がこんがらがってるから……」

 すると男の子は深呼吸して、息を吐きながらくだらなそうにつぶやく。

「整理整頓するまで落ち着いたら? 俺は何も、急げとは言ってねぇ」

「………」

「急いでるんだけどねぇ」

 寛ぎながらさらに小声で言われた。小声というより、内緒話にするそれと同じような、あの音のない声だ。 それって急いでるってことじゃないですか………。どうして急いでるのかさえ、あたしにはさっぱり分からない。

「………あ。君が家に帰れたら、あたしはどうなるの?」

「家? …あー、世界にか? そしたら、後はお前の自由だ」

「自由って…、どうやって帰るかも分からないのに」

「帰り方は………何通りかある。手っ取り早いのは直接繋がっている道を探すことだけど。 ……現に俺はこの方法であっちに行こうと思ってるし」

 ……こっちに来たのもおそらくそれだったろうし、と小さくかすれた声で言う。

この世界には他の何百ともある外部の異世界に繋がる道が数多く存在しているらしい。 それを探すことが出来るのは、ある程度魔術の長けた者、……らしい。 そしてこの中学生にもなってない、声変わりもしていない子……いや、精霊は、見つけられると言う。
 あたしの帰り道も、この子があっちで見つけてくれると言ってくれた。
 だけどどうしても常識に縛られているあたしには、 例えファンタジーが好きでゲームの世界に入りたいなぁなんて思っても実際に無理だとどこかで思うわけで。 この子はこの子で光ってるけど、どうしても普通の外国人にしか見えない。だけどもそう思うのと同じくらいに、 この子が言うには今までの言葉は長すぎて、難しくて………これがその男の子の口から漏れてくるのが、 すごく妙に感じたりした。








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