-正体は-








「これ本当に現実なんだよね? あたしの夢ってことないよね?  ……でも、もし夢だったらこれは夢じゃないって言われても夢なんだよ。 でもまずちょっと教えてくれない?」

「教えろって…現実に決まってんだろ? んなことだったら俺も夢見てるってことじゃねぇか。 んなのあり得ねぇだろ」

「……ちょっと、確認したかっただけですよ」

 自分でも馬鹿だと思っていたから、言われてさらに空しくなった。 目を瞑って横たわる男の子は、やっぱりきれいな顔立ちをしていた。 そして冷静になってあたしはこんな事を考える。

…………それじゃあ、何でこの子はこっちに来たんだろう……

と。頭も良さそうだし、多分、大きくなったらカッコ良くなるだろうし……。

「……はぁ……」

 とんとん拍子に話が進んで、……ていうか、まだあたし一緒に旅するなんて言ってないんだけどなぁ……。 そういう事になったのかなぁ。勝手に決めるんだなぁ、この子……。

「……もしもーし。寝ちゃいました?」

 一大決心、だなこれは。時間が止まるなら旅もいいかと思って、あたしは小さく男の子の肩を叩く。

「……………あれー、あれ? 本当に寝ちゃった?」

 何回叩いても揺すっても起きる気配がなかった。あたしは揺するのを止めて床に座りこみ、溜息まじりに宙を見る。 床暖房は暖かいから眠気を誘う。

「……はぁ〜…しょうがないなぁ〜……って、確かこの部屋、………変なのがいるんだっけ……」

 あっちから来たとか…未確認生物地球上陸、だなこれは……。 あたしも眠いけど……そんな、姿見えないものがうろちょろしてるところで寝るなんて………ちょっと、ねぇ。

「怖いか?」

「………って、起きてたの」

 デジャヴ。前にもあったような気がするんだけど、何でこの子はこう……心を読むのかな。

「どうせ俺に付いてきた奴のことが気になるんだろ。気にするなよ、害はないっつっただろうが」

 小さく頭が悪いなと聞こえたのは気のせいじゃない気がする。目は、相変わらず閉じていたけど。

「……はぁ、まぁそうなんですけど、あたしのベッド占領してるのは『アナタ』ですよ?」

「あぁ、そうだな」

 そうだなって……さも同然のように言うか普通!

「……はぁ……。……君は客人だしね。いいよ、じゃあベッド使いなよ。あたしは床で寝るから」

「客? ……客ねぇ……。……じゃあ、今日はそういうことで」

「…………」

 何か本当に我がまま王子なんじゃないの? この子……でも異世界のことなんてあたしにはさっぱりだから、 処置はこれでいいのかもしれないけど、なんか、腹立つ。 
 そう思いながらあたしは部屋を出て、隣である由貴の部屋を通り過ぎ、客室へ向かう。 廊下は暗くてしんと静まりかえっていた。夜中だから当たり前だ。 いつのまにかこんなに遅くになってしまったんだ。
 客室にはお客様用の布団一式が確か3つくらいあったはずだから、そのうちの一つ、 掛け布団だけ押し入れの中から這い出した。

「う……重い………」

ただの独り言。布団の重みで上手くとれなかったけど、とりあえず取れたから部屋に戻った。 男の子は、勿論ベッドの上に。

「…………?」

「…………………」

「……なに笑ってんの?」

 それもにやにやと。まだ電気はつけたままだから、さっき開いた目の鮮やかさが鮮明に脳に写った。

「いや、そんなことしないで、このベッド使えばいいのにと思って」

「そのベッドは君が使えばいいの。あたしは床」

「寒いだろ?」

「床暖房だから平気」

「何だそれ?」

「……とにかく大丈夫。心配してくれてありがと」

「いや、まだ心配だね」

 むしろ全然心配してなさそうに言う。

「だから心配ないって」

「違う違う。床は硬いだろ? 明日体が動けなくなるんじゃねぇの? 女ってそんなもんだろ?  俺がいる間ずっと床で寝ることになるなら、旅に支障をきたすだろ。 体の節々を痛めた相棒は、逆に手間がかかって迷惑」

「……はぁ? じゃああたしにどうしろって言うのよ」

「一緒に寝ればいいじゃねぇか」

「はい?」

「なんてことはない。来いよ」

 と、その子はあたしの驚きを無視して自分が被っていた掛け布団を払い、『中へおいで』のポーズをとった。

…………。
そして気づいた。男の子の足もとには何やら黒く光る長いブーツのような靴が。

「ちょっと……」

「ん?」

「靴、履いたままベッドに入ったの?」

「そうだな」

「止めてよ、それ」

「……それがこっちのルールなのか?」

 え、この子の世界とやらはアメリカ方式?! いや、アメリカでも靴履いてベッドインなんてないのに! 

「ルール! そう、この世界のルールだから! とにかく汚いから! 脱いで!」

 男の子は、ジトと掛け布団を持ったままのあたしを見て、それから溜息をついた。

「…………分かった。脱ぐ。そしたら中入れ」

 そうやってもぞもぞ動き出し、とろんとした目で靴を脱ぎ始める。 そうするから入れ、とか、よっぽど異世界の地に来て寂しかったんだろうか。いやしかし、強制的、だなこれは。

「ほらよ」

「それで良し。……じゃ、お言葉に甘えて……」

 脱いだ靴をあたしはベランダに置き鍵をしめ、電気を消す。三段階に暗くなった部屋で、男の子のいるベッドに入った。 ………ってえぇ……あたしが客みたいじゃないですか。
あたしは、なんか立場逆になってるぽいよなんて思いながらも、 確かに床よりもベッドの方が、数百倍も心地いいなんて考える。そして少し男の子に感謝して、 背を向かい合わせて目を閉じた。静かな呼吸が流れた。
今日の夢では、もしかしたら旅をしてたり……なぁんて思……………。



「……………………?」

「……………」

もぞもぞと、服の上から背中を撫でられてる気がして、ぱっと目を開けた。

「…?」

なんだかくすぐったかったから、首だけ後ろに向けてみた。……頭の上部分しか見れなかった。

「どうしたの?」

「………………………」 何もしゃべらないなんて……やっぱあんなでかい口叩いても寂しいのか。そういえば、まだ子供だし。

「ねぇ」

「ん?」

「………えっ? あの?」

 直に背中触られてるんですけど! 服を捲ったのか指の感触が……。
 後ろを振り向こうにも、どこからそんな力があるのかって思えるほど強い力が邪魔して振り向けない。 

「………っ!」

「あ、ここ?」

「…って、何が?」

 何が、なんて、自分で薄々それが何なのか分かったような分からないような。何とも言えなかった隙に、 またやられて体だけが反応する。

「!」

「……性感帯」

「せ……っ ちょっと!」

 勢い余って、自分がベッドから落ちてしまった。落ちてしまったというよりも、下りてしまった。
 男の子が壁側だから、離れるにはそれしかなかった。

「何なの?!」

  「お礼にやろうと……顔真っ赤だな」

 口に手を抑えてるのが暗くても分かる。こいつ、笑ってる。

「これがお礼?! おかしいよ! ……眠いって言ってたじゃん」

「あぁ、……おかしいな………。俺はよく妖艶だとか、挑発的だとか言われるんだけど」

「は? ……違う! 質問とかみ合ってないっ」

確かにどきっとしたけど! 問題が違う! ていうか、そんな事聞いてない!

「解らないの?」

「な、にが………」

 男の子は余裕があるような態度でずっとあたしを見ていた。
 だけどあたしには、何が分からないのかさえ、分からなくて、口を閉じた。 そうなるとまた沈黙は流れるわけで。暗くても、ずいぶんと目が慣れたから直接男の子の目が見える。 分かる。あたしを見ている。

「……ったく、子供だな。いいか、よーく考えてみるんだ。男と女が二人きり。そしてそこはベッドの上。 この雰囲気……やりたくなるもんだろ普通」

大げさに落胆した様子を見せたが、あたしはそれどころではない。何が二人きりだ。 何がやりたくなるだ。だいたい……。

「……だいたい君、子供じゃない!」

 あたしは指を指す。

「子供のくせにそんな言葉、どこで覚えたのっ。……ていうか、君、……明らかに小学生だし」

 背の目安と声のトーンで大方の目安をつけたあたしは、さっきよりも落ち着いたのか、 隣の由貴に聞かれたらまずいと思って声量を落とした。

「ショウガク……? 何だそれ? ……でも妙だなぁ何となく分かるぜ……。お前な、俺が子供だと言いたいのか?  どう見てもお前の方がガキだろ!」

 今度は男の子の方が声を荒げた。そしてその声で変なことを言った。

「な、何言ってるの! 君のほうが子供じゃん。どう見たって……背だって小さいし、あたしのほうが年上だよ!  16歳なんだから」

そして、ベッド横の小テーブルの上に置いておいたペンダントを音を立てながら掴み、 あたしはそのままベランダの方へ向かった。

「……! おいっ、何すんだ! おま……っ」

ペンダントに引きずられた男の子が予想したように、あたしはペンダントを靴と同じくベランダに置いて 男の子が完全に部屋から出たのを確かめてから戸を閉めた。 そのまま鍵をかけると、男の子の目は最大限に開いて驚いているように口も塞がらない。 そして何回か戸を叩いてもあたしが反応しなかったのに観念したのか、そのまま戸に背を向けて座った。

「おいおいおい……。あぁー……クソジジイのおかげだなあの野郎……」

ベランダに追い出してから男の子は、怒ったり何かをぶつぶつ言ったりぼんやり空を眺めたりしていた。 あたしは部屋の中で立ったまま、ベランダでいろいろ動く男の子を、見ていて飽きないなぁと思った。 その下にあるペンダントの宝石部分からは、依然として薄く青い光が見える。 それが男の子の足元から体を守っているように、外側に膜が張られているように、男の子を包んでいる。
 とにかく、男の子自体が蛍光灯のように光っているのだ。あたしはもしかして虫が寄ってくるんじゃないかと思って 一瞬それを想像してしまった。
 だけどそういうことをあれこれ考えているうちに良心が戻ってきたのか、 こんな2月の夜に外に出すという行為がとんでもないことにあたしは気付いた。 あの子は自分は精霊だと言っていたけれど、果たして寒さは感じるのだろうか。 確か本物の精霊は、人間と同じ脳の作りをしているらしいから、もしかすると感覚機能なんかもあるんじゃないか………。 急に心配になってガラス戸へ近づき、部屋の中から男の子に質問した。

「………寒い?」

「……あ? なんか言った?」

「あの、寒いかと思ったんだけど……」

 相変わらず相手に甘いなぁと自分ながら苦笑してしまったけど、聞かずにはいられない。

「寒いなぁ」

「…………………」

 あぁやっぱりそうなのか。じゃあやっぱり部屋に入れるべきなのか……。 そう悶々とさっきのことを思い出しながらいたら、男の子は何も言えないあたしを見て呆れたように溜息をついた。

「……嘘。嘘嘘。全っ然寒くない。感覚がねぇから」

 ………あぁそう。

「じゃあ明日の朝までそのままね。君、危ないから」

「そうかよ」

ま、予想はしてたけど、とか聞こえたけれど、あたしは無視した。 そのままくるりとベッドに向かい、潜りながらちらりとそちらを見る。 精霊になれば寒さも熱さも感じなくなるのかぁと思いながらそっちを見やれば、 男の子はもう背を向けてじっとしていた。ベッドの中はまだ暖かさが残っていて妙にじんわりする。

「はぁ……」

あたしは携帯の画面を確認した。

「…………はぁ」

 もう今日は昨日で言う明日で、しかもそうなってから、一時間も過ぎていた。

「どうりで眠いわけだ……」

 最後にベランダを見やると男の子の姿はなくなっていて、気が付けば一気にまぶたが重くなった。






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